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専門家としてこうあるべき〜理想主義を手放す〜

Dear Yuko, 

 

My name is ++ and I am a journalist for the NZ Herald. I am seeking expert analysis for a story about events in Myanmar, and Dr. ++ recommended to contact you.

 

いきなり英語からのスタートですが。

 

まーまー、「読めねぇよ」というツッコミは横に置いといてもらって。

 

皆さま、少しだけお付き合いください。笑

 

ニュージーランドメディアで国内シェアNo.1を誇る、あのNZ Herald様 から連絡がありました。

 

「専門家の意見がお聞きしたい」ということで^^

 

実は今、東南アジアの国・ミャンマーで「クーデター」が起こっています。

 

「クーデター」という響き。なんか、時代を感じますよね。

 

ええええ??映画の中の話?

 

って思いますよねぇ。

 

私、修士論文を書く時に、たくさんのミャンマーの方々からお話をお伺いました。

 

友人となってくれたミャンマーの方もたくさんいて、私の第3の故郷です。

 

日本との繋がりも深く、今までも過去2回クーデター起こしていたり、激動の歴史を辿ってきた国です。

 

ここでは専門的な話はしませんが、NZ Heraldのレポーターの方とのやり取りの中で映し出された自分について、ちょっと深掘りしてみます。

 

こういう「正しい答え」を求められる時って、どうしても「完璧」に「正しい」答えの出せる自分でいようとします。

 

でも、結局、自分が出した答えに自信なくて、劣等感サンが出てきて。

 

「あぁ〜私なんて専門家じら〜(沖縄方言で「にわか」という意味)なのに〜」

 

インタビュー後も自問自答してしまって。

 

「本当にあの答えで良かったのか」

 

自己嫌悪も少し、出てきました。

 

「なんでもっと勉強しておかなかったんだろう。。。」

 

でも、そこで、そんな自分に対してダメ出しをしたら、自己嫌悪クンの罠にハマっちゃうので。

 

こんな時こそ、自己肯定感。

 

気を取り直して、自分に語りかける。

 

「しょうがないよ。まだミャンマーについて勉強し始めて2・3年しか経ってないんだもん。」

 

「答えられないことがあったって、問題ないよ。」

 

「分からないことがあるなんて、最高じゃん。これから少しづつ深めていけば良いよ。」

 

こうすると、やっぱりちょっと落ち着きますね。

 

実は頭がパニクってた、ってのも、冷静になると分かってくる。

 

それから一晩経って。

 

ようやく、「自分の答えに自信がなかったのは、自分の専門性の無さではなく、自分の専門外のことに対して答えようとしていたからだ」ということに気づきました。

 

それで、すぐにそのレポーターに再度連絡を取って。

 

無事に、自分が納得のいく答えをお伝えすることが出来ました。

 

私、相手の求めている答えを出そう、と頑張っていたんですね。

 

期待に応えたかったんです。

 

良い子ちゃん・優等生でいたかったんです。

 

でも、こういったメディアからの質問は、自分の専門性に沿った形で答えられれば◎。

 

自分を責める必要、ナシ!

 

今回の出来事は、古い自分を映し出してくれる、とっても良い機会でした。

 

危うく、自分責めの快感に浸るところだった。笑

 

こんなことって、皆さんの生活の中にも、ないですか?

 

自己嫌悪ループから自分を解放しちゃいませんか?

 

できるんですよ♪

 

今日も読んでいただき、ありがとうございます♡